「……んだからぁ、言ってんじゃん!この頭デッカチ男!」
「お前の言っていることの意味がわからんって言っているだけだろうが!?」
それは大型連休の初日、ようやく自室に戻れた銭形が草臥れた体を缶ビールで癒そうとしていた、そんな夜。
ドンドンとわざとらしい音でドアを叩く音がする。そんな野暮なことをする人間などたかだかしれている――暫く押し黙っていれば、幾ら電気メーターが回っていようと立ち去っていくだろう……そう考えながら、少し温くなったビールのプルタブを開けていた。
そんな銭形が一本目のビールをちょうど空にするくらいで、穴があきそうな程ドアを叩いている音はようやく諦めたようにすっと途絶えた。ただすぐに、そうそれと同時に、手慣れた形でドアノブがかちゃりと開く音がする。ふと嫌な予感がした銭形は、殺気を感じた後ろを向きなおる。こういうときの予感ほど、嫌にあたるものはない。
「よう、とっつぁん♪ゴールデンウィーク中だけどご~めんねぇ」
「ルッ、ルパン!?なぜここが判る!?まさかおめおめと逮捕されるためにやってきたわけではあるまいなっ」
何時でも用意周到な銭形は、目をかっと見開いてサイドテーブルに転がしていた手錠に手をかけた。皮肉なもので、自分が寛ごうとするときに限って自分の宿敵――ルパン三世が現れるのである。
「んなわけないでしょ。なんで俺がわざわざおめおめととっつぁんに捕まるためだけにこんな埃臭いとこに来なきゃなんねぇの」
ルパンは人差し指を窓のサッシにすっと添わせると、盛り上がった埃に息を吹きかける。先程まで陽気な表情の銭形であったが、段々とその態度に気を張り始める。
「――いい加減にしろ!逮捕されに来たんじゃねぇのか!?早く要点を纏めろっ」
「ったく、とっつぁんはすぐ神経質になんだから。血管切れて早死にしちまうぜ?」
そう溜息を吐きながら、ルパンは床に散らばったカップ麺を長い足で退ける。そして少し空いたスペースに胡座をかくと、ようやく本題を切り出しはじめた。
「とっつぁんって実際次元ちゃんの事、どれくらい好き?」
「……は?」
「いやぁその愛の深さがあれば、次元ちゃんのどんな事も愛せると思うんだよねぇ」
「全くお前の言いたい意図が理解できん」
銭形は今度はワンカップのプルトブに指をかけると、瓶の中身を豪快にぐっと呑み込ンだ。そして銭形はぷはぁとわざとらしい息をルパンに向かって吐きかけると、今度はルパンが銭形を冷めた目で見やる。
「少しはその真意を考えたらいいのに」
「お前のことで既にキャパシティは一杯だ」
「本当息を吐くような嘘をつくんだから……厄介事が結構すきなの俺は知ってんだぜ」
「五月蝿え」
ルパンが言っていた厄介事というのは、恐らく次元の身に何か起こったということなのであろう。勘の良い銭形はそれを敢えて知ってはいたが、口に出そうとはしなかった。口に出せば厄介事に巻き込まれるのは免れない筈だから。
「まあそんな面すんなよぉ、とっつぁん。とりあえずこれだけ見て?」
そういうと、ルパンは銭形にすっと一枚の写真を差し出した。そこに映っているのは、幼いのにどこか凛とした佇まいの少年。
「この男児がどうかしたのか」
「うーん、この目元とか記憶に無い?」
まるで謎掛けのようなルパンの問に、銭形はもう一度写真を見やる。
「どこか既視感はあるな」
「まだわかんないか?まあそりゃあそーだよなあ」
そうルパンは歯を見せて笑うと、今度はピッと写真の裏を見せた。そこに殴り書きのように書かれているメモをみて、銭形は目を白黒させた。
「……ん?はあ!?こ、これが……あの次元大介なのか!?」
銭形の動きが止まる。こんなものを見せつけられて、あの髭面の黒髪の男とリンクさせろだなんて本当にルパン三世はどうかしている。しばらくそんな銭形が色々と言いたい事を頭の中で整理していたとき、ルパンは痺れを切らしたのか唐突に口を割り出した。
「んでさ、この次元ちゃんを面倒見てほしいわけよ。少しでいいからさっ」
どうやらルパン一味もしばらく様子見を兼ねてこの次元の面倒見をしていたようだが、なかなか三人だけでは辛いところがあるようだ。
「第一こうなった根源はとっつぁんにもあったんだから、全員で育てるっていう言い分は通るでしょ」
「は?なんで俺が」
「――ボケたことは言わせないよ?」
どうやら、ちょうどニ週間前にルパン一味と銭形の捕物帖の下りでこのトラブルは起こったようだ。言われてみれば、自分にも非があった事は否めない。次元に手錠をかけようとした瞬間、確かトラブルが発生した記憶がよみがえる。
「……でも俺は子育ての経験なんぞないに等しいぞ」
「それは俺達も同じでしょ!?そうやって昨今のご高齢者は若者を突き放そうとするから云々」
「わかった、わーったよ!だから静かにしろ!第一俺はまだそんな齢じゃねぇ!」
そして数時間が経ったとき、アルミのドアをこつこつとノックする音が聞こえた。
『んじゃ、次元ちゃんにはそういう風に言っとくね!あっ体は子供でも中身はあのままだからくれぐれもいやらしい事かんがえないでねっ』
そう嫌味ったらしくルパンは告げると、窓から身を翻して颯爽と消え失せたのであった。銭形の叫び声だけが虚しく響いた。
そしてその言葉通り、覗き穴から音のなる方向をみると、写真で見かけたあどけなさの残る少年が一人その前で佇んでいる。
「銭形のおじさーん、僕お腹すいたよぉ早く開けてー」
「五月蝿え!バカな事言わずにとっとと入れっ」
「はあーい」
いつもとは違う、膝下丈のズボンから覗かせる紺色のソックス。しかし頭には見慣れたボルサリーノ。その帽子で、まさしく彼――次元 大介なのだとようやく銭形は悟った。
「なんか飲むか」
「んじゃあビール」
「阿呆。なんで未成年に酒なんぞやれるか!オレンジジュースでいいだろう」
どうやら暫く酒とは縁がないようで、次元はちぇとつまらなそうに呟く。きっとどこでもこんな形で、あまり好みでないものを出されるのだろう。それを考えると面白い。
「ほれ、オレンジジュース」
「俺、麦のにごった泡の立つジュースがいいなぁ。それかとうもろこしとお砂糖の混ざった樽で作るジュース」
「しつこい!なんなら麦茶でもいれてやろうか、なっ?」
「もういい……」
開き直ったのか、次元はぐいっと差し出されたオレンジジュースを流し込む。そうして、ようやく重い口を開き始めたのであった。
「とっつぁん、俺治るのかなぁ……」
「お前の相棒が薬の一つでも作ってくれてないのか?」
ジュースの入ったグラスを流しに片付けると、銭形は次元の向かいへ胡座をかいて座る。
「それがよう、なかなか難しいみてぇでさ。このままじゃ、俺の愛するマグナムだって持てねぇし、酒だって呑みたくても呑めねぇ」
「……」
「なによりあんたにこうやって、いや……やっぱり何でもねぇ!あっそうそう、ヤニ吸えねえのが辛いかな……」
そう俯きながら、次元は煙草の代わりなのか先程のジュースで使っていたストローの先をがじがじと齧る。
「意外と病んでるもんなんだな」
「ただの天然バカに思ってた?」
こんな時にかける言葉を脳裏に巡らせてはみるが、なかなかいい言葉が浮かんでこない。
「まあ、時が解決してくれるかな。ケセラセラだよ」
そう歯を見せて笑う次元の姿に、銭形は頭を抱える。
「んで、どうするんだ。お前らがいるアジトに戻るのか」
「アジトに戻ってもなんもすることねぇんだよなあ」
「どこでもごろごろ寝てるだけだから同じだろうが」
替えのジュースをこと、と次元の前に差し出して、銭形はまた胡座をかく。
「それでも何か気使っちまうんだよ……こんだけ小せえと」
「まぁそりゃあそうかもな」
次元は苦い笑いを浮かべながら、沈黙のなかジュースの中にある氷が溶けていくのをただ静かに眺めていくことしか出来ずにいた。
外見は少年でも、中身は大人なのである。その証拠に銭形が何か手助けしようとしても、大抵の事は次元一人でこなしていた。偶に手伝うとしても身丈が届かないからと、ちょっと手を貸す程度である。
「アジトはなかなか慌ただしいからさ。ここは逆に落ち着けるよね」
「まあ、そう言ってもらえて悪い気はせんが……」
結局のところ今日もいつものように次元がこなしていることの繰り返しを行っているだけなのである。日課にしている銃の手入れに少々時間がかかっている点と、酒や煙草を嗜む姿が見つけられない以外は。
「ああ、もうこんな時間だ。日が変わる前にさあ風呂に入って寝ろ!」
そしてそれでもまだ何かしようとする次元の首根っこを掴んで、銭形は次元を脱衣所へ押し込んだ。まるでこんな光景は父親のようだと、銭形は自虐的に笑う。
紫煙を部屋で燻らせながら、銭形はカーテンを広げ、窓の外を見た。窓をあけると、温い風が頬をなぞる。酷く蒸し暑い夜になりそうだと思った――そうして考えれば考えるほど、目眩がする。早く、次元を取り巻くこの夜が明けてほしいとも願う。この、とてつもなく長い長い夜が。
「とっつぁん、風呂借りたぜ。えっと、このソファーで寝ればいいか?」
銭形はまだ下ろしていなかった白いシャツをナイティの代わりに差し出していた。それを着た次元は、生欠伸をかきながら一人用の小さなソファーを指差す。
少し肩が余る大きめのVネック。そこから覗く細い首と鎖骨に思わず銭形はごく、と息を飲みたじろいだ。しかし、ブンブンと頭を振って冷静を装い、もう一つの襖を開ける。
「こっちの部屋にある布団を使え」
「えっ、でもこれシングルじゃねぇか」
「俺はどこでも寝れる。捜査柄慣れているんだ」
そう誤魔化しながら、銭形は豪快に掛け布団を開いた。
「色々と思うところもあるだろうが、寝ればとりあえずなんとかなる!」
「なんつー精神論だ、あんた。まあいいか……でも悪ぃから、あんたも横においでよ」
次元は掌でポンポン開いたスペースをたたきながら、にやりと楽しげに笑う。
「いや、俺は……」
「いいからいいから、な?『とっつぁん』」
「ったく、変なところガキ臭い姿見せやがって」
そう言いながらも、実際は銭形も満更ではなかった。きっと子供が自分にいたら、こういった雰囲気なのだろうか。おとぎ話を聞かせるでも、絵本を読むわけでもなく、ただ寄り添い眠ることが楽しい夜もある。
「明日も厄介になるぜ、とっつぁん」
「ああ、おやすみ」
そして子供にするような仕草でら銭形は次元の瞼に触れるだけの口吻を落とした。ケセラセラ――次元が発した言葉を思い出しながら。
「……銭形、銭形。起きろよ!もうとっくに日は登ってんぞ」
「ん、もう朝――」
どうやらあれから銭形も、眠りの淵へ落ちたようだ。重い上体を起こしながら、目を擦り流しの方へ足を向ける。
「おはよう」
「ん、おは……ってお前」
そこに立っていたのは、そう、あの髭面で痩身の男。
「ブラックでいいか?あー、やっぱこの体が楽だな」
「――まやかしか?」
銭形は頭をボリボリとかきながら、自身の頬をつねる。痛覚はあるようだから、少なくても夢ではない。
すると次元が銭形の耳を引っ張りながら、嬉しげにローバリトンの声を発した。
「あんたが魔法かけてくれたおかげだぜ」
「魔法……?」
「カエルの王子様が、キスで元に戻る?的な?」
コーヒーをコポコポとマグカップにそそぎながら、次元は口角をあげて視線を投げかけた。呆気に取られた銭形の頬を次元は捉えると、今度は次元から口吻をけしかける。
「たった一日でも楽しかったぜ、ダーリン?」
「阿呆。人を振り回すだけ振り回しておきながら……」
「でもそれが俺の専売特許でもあるんだろ?」
そうやってまた、この、マイペースさに引き込まれるのか……銭形は違う意味で偏頭痛を感じながらも、慣れた姿に安堵感を思い出したのも事実なのであった。
「あんたがもし小さくなったら、俺が手取り足取り面倒見てやるな!」
「これ以上厄介事に巻き込むんじゃねえ!!!」
【終?】