音の出所をたどって銭形は次元のジャケットのポケットに手を入れた。ごそごそやっていると次元が微かに身じろぎして、生きているのが解って軽い安堵をおぼえる。すぐに指先が硬いものに触れ、それを取り出した。
手の中で絶え間なく電子音を立てているのは子供に持たせるようなボタンが少ない携帯電話。液晶には人を食ったような表情の『ごくろうさんマーク』が表示されていて、通話ボタンを押す指に苛立ちがこもった。
「銭形」
電話を耳に押し当て唸るように名を告げると、くすくすとくぐもった笑い声がそれに応えた。
「いよぉとっつあん、俺からの贈り物は無事届いたみたいだな」
「なんの嫌がらせだッ、すぐに送り返してやる!」
食い気味に怒鳴り返すとその声に目が覚めたらしい次元が段ボール箱の中で身を起こした。反射的に身構えるが、寝ぼけているのか緩慢な動作で眼をこすっているだけだ。
「そぉんなつれないこと言うなよ、ちょっとワケありなんだってばさ」
世間では鬼警部と名高い銭形の怒声にもルパンは全く怯むことはない。苦笑交じりの声音の中にわずかな真剣味を聴きとって銭形は眉間にしわを寄せた。
「ワケありってなんだ」
「いやさ、説明しようと思うと長くなるんだけどさ」
「手短に話せ」
ルパンと会話しつつも銭形は目の前の次元の様子に神経を尖らせていた。なにしろ宿敵の相棒なのである、仕事の際に対峙した時には底冷えのするような殺気をはらんでこちらを見るような男だ。少しでも隙を見せたが最後、こめかみに銃口を押しつけられても不思議はない。
「せっかちな男はモテないよ?」
「――切るぞ」
からかうようなルパンの言葉と、次元がなにやらジャケットの内側に手を入れる動作に銭形は苛立ちと警戒心を強めた。
「ちょ、待ってって。わぁったよ、……次元ちゃんサ、様子おかしくない?」
「む……」
言われてみれば、と改めて次元を眺める。目の前に宿敵である自分がいるというのに気に留めるでもなくごそごそと自分のジャケットの内側やポケットに手を突っ込んでいる。何か探しているらしいがその動作はどうにももっさりしていて、普段の凄腕のガンマンの面影はない。
「実はさ、何日か前に決闘を申し込まれたとか言って出てったんだけど」
「決闘は罪だぞ」
「日本での話じゃないから、っていうかそれは今どうでもよくて」
どうでもよくはないと銭形は思ったがいい返すことはせず話の先を促した。
「その時に相手に変な薬飲まされたらしくって」
「なにィ!?」
「中身が幼児になっちゃってんだよねぇ、今の次元ちゃん」
「な、」
絶句する銭形の前で次元はようやく顔を上げた。視線を合わせて見るその顔は、言われてみればあどけない表情をしているように見えなくもない。
「ルパン貴様まさか使い物にならなくなった相棒を俺に売ったんじゃあるまいな!?見損なったぞ……!」
ルパンと聞いた次元は何かそわそわと落ち着きなくなったがそれにはかまわず銭形は電話越しに宿敵を怒鳴りつけた。
「んなわきゃないでしょうがッ。薬があるってことは解毒剤もあるだろうから決闘相手の所へ行ってそれを手に入れようって腹なのよ、その間次元の世話をとっつあんに頼みたくってさァ」
「なんでワシなんだ、他にもいるだろうが」
段ボール箱から出ようとして箱の縁に足を引っ掛けドターッと転ぶ次元を避けながら銭形は当然過ぎる問いを投げる。電話の向こうでルパンが軽く息を吐いたのが聞こえた。
「アンタ普段俺のことしか見てないからネ」
「ほざけ」
「忘れてるかもしれないけど次元だってこっちの世界じゃ名うてのころ…ガンマンなわけ。次元を倒して名を上げようって輩はゴロゴロいるのヨ。普段なら次元も降りかかる火の粉は自分で払えるけどさぁ」
「ワシにそれをやれと?」
ちょこんと正座して見上げてくる次元を見ながら銭形は絞り出すように言った。
「さぁすがとっつあん、物分かりがいい。そういうとこ好きヨー?」
「俺は、貴様の、そういうところが、大嫌いだ!」
一節ずつ力を込めて噛んで含めるように言う銭形にルパンは愉快そうな笑い声を漏らした。
「そう言うなって。敵に回せば厄介なアンタだけど守ってくれるととなりゃこれ以上強力な守護者はいねェって思ってんだからさ」
鼻もちならない言い草だが宿敵と認める相手にそのように評価されているとあっては悪い気はしない。
「しかしガキの扱い方なんぞ知らんぞ」
「だーいじょうぶだって、中身はジャリでもガワはおっさんヨ?多少雑に扱ったって壊れやしねぇよ。次元にもお利口にしておくよう言ってあるからさ。あ、ちょっと次元に換わってくんない?」
言われて電話を次元の方に差し出すとパッと明るい顔になって飛びついて来た。子供というより犬みたいだな、と思いつつもぎ取られるまま電話を手渡す。
「るぱん?いまどこ?」
聴きなれたローバリトンがどこか舌っ足らずな言葉を紡ぐのがどうにも気持ちが悪く、さらに漏れ聞こえるルパンの声がやけに甘ったるいものに感じて銭形は顔をしかめた。
「え?なんで?おれをおいてったの?」
ルパンが何を言ったのかは知らないが次元の顔が泣き出しそうに歪んだのを見て銭形はうろたえた。考えてみれば目覚めたら知らない場所に知らない男と二人きり、なんて大人であっても不安になる状況である。何やらぽそぽそとルパンと言い合っている次元を眺めながら宿敵が彼の相棒を上手く説得できることを祈る。
と、こちらをちらりと見た次元と目があって銭形は慌てて笑顔をつくって見せたが次元はなぜかびくっとして目を逸らした。
――なんだよ。なぜか傷つけられたような気になって銭形は口をへの字に曲げた。
そうこうしているうちにルパンの説得が功を奏したのか次元は不承不承ながらも何度か小さく頷いて電話を切った。そうして大事そうにキッズケータイをポケットにしまい、代わりに一葉の写真を取り出した。その写真と銭形を何度か交互に見た後ゆっくりと口を開く。

