猫に好かれるひと



にゃん公。
ルパンの唇が、動く。
にゃん公にねぇ、俺っち、好かれやすいの。


取調室で、一匹の雄猫がルパンの膝の上に丸くなり、寝息を立てている。
雄の三毛猫。
黒色、茶色、真っ白。
三種類の色の毛が程良い具合に交じり合っている。
ルパンのてのひらが顎の下を撫で上げると、グルグル喉を鳴らして満足そうに欠伸をする。


「三毛猫ってぇのは、ほぼ100%、雌しかいないんだわ。染色体の関係で。だから、雄の三毛猫は、それがどんな血統の猫であれ、100万を超えるわけよ。その上、こいつは高級種の純血だから、2000万」
「だから、盗んだってのか?」
「そ。ついでに今日は猫の日だし?」


椅子の背にふんぞり返り、ふざけた調子で、ルパンは答える。
机の上に頬杖をつき、大げさにため息をついてから、銭形は頭を掻いた。


「まったく、おめぇって奴は・・・・・・そういや、お前、前にも『鉛筆を食べる猫』を盗んだことなかったか?」
「あれは俺じゃないってば。事の真相は、とっつあんだって覚えてるだろ?」
「忘れたよ。ンなこたぁ」


あらま。とっつあん、とうとうボケちゃったの。
うるせえ。
言い合いながら、銭形は懐から煙草の箱を取り出して、中から一本、振り出す。
禁煙じゃないの、ここ。
ルパンがたずねながら、机を挟んで向かい側に座っている銭形の方に、身を乗り出して、一本頂戴、と催促する。


「あげない」
「意地悪」
「それより、仲間はどうした。いつも金魚の糞みたいにしてくっついてる、次元と五エ門は?」
「さあ?『2000万の猫を盗もうぜ』って言ったら『付き合ってられるか』って言って、2人してどっか行っちゃいました」


薄情だよねぇ。
瞳に涙を浮かべながら、ルパンは銭形に同情を求めた。
ふん、とそれを鼻で笑って、彼は、自身の方に身を乗り出して顔を近づけているルパンの額を、ぺしりと指で弾き、遠ざける。


いたぁい。
ひでぇよぉ、とっつあん。
裏声でそう言って非難して、ルパンは大人しく顔を引っ込める。
べーっと舌を出してから、にやにやと笑い、銭形は、唇に挟んだ煙草の先に、ライターの火を近づけた。
じわりと紙の先が赤く燃えて、煙が、銭形の薄く開いた唇から吐き出される。


グルグルグルと相変わらず猫は喉を鳴らしていて、ルパンは椅子の背に凭れて腰かけながら、彼の喉をてのひらで擦っている。
銭形の目が、自身の腕時計の針に、ちらりと向けられる。




「せっかく俺を捕まえたってのに、全然、喜ばないんだなぁ、とっつあん」


しばらくしてから、ルパンが呟いた。
寂しそうに、唇を尖らせ、ちょっとだけ上目遣いになって、銭形を見つめている。
気色悪いと言って、甘えた様子を見せるルパンを一蹴してから、銭形は腕を組んでまっすぐに、彼を見据えた。


「お前をとっ捕まえても、自力で脱獄するか、仲間に脱獄を手伝ってもらうかじゃねぇか」
「だから、喜ばないの?」
「大喜びした次の瞬間には、いつも逃げられる。俺の身にもなってみろ」
「俺なんか、不二子ちゃんが相手だと、いつもそう。とっつあんの気持ちは痛いほどわかるってもんよ」


うんうんと大きく頷いてみせているルパンの、鼻をつまんで「そんなのと一緒にするな」と怒鳴ってから、銭形は彼の膝の上で丸くなっている“盗品”を見下ろして、ため息をついた。


「お前、どうするつもりなんだ。そいつを」
「どうって、金持ちの馬鹿に、売り飛ばすのよ。3000万くらいで」
「・・・・・・本気か?」
「もちろん」


銭形が、じっとルパンの目を見据えている。
ルパンは真剣な顔をして、それに耐えていたが、やがて堪え切れなくなって、吹き出した。


「もぉ、とっつあんったら、そんな真面目な顔すんなよ!わかった、って。どっかの猫好きの可愛いお嬢さんに、プレゼントしてきてやるよ。どうせ、あのブリーダーの所に戻したって、ただの商売道具として扱われるだけだし」


べつに、猫のことを案じて訊いたわけじゃない。
ぷいと顔を背けて、銭形は唇を尖らせている。
可愛い仕草。
不意にルパンは彼のことが愛しくてたまらなくなって、机に身を乗り出し、彼のその横顔に唇を寄せると、頬に、ちゅ、とくちづけた。


「なっ・・・・・・!?」
「とっつあん。今日は猫の日なんだぜ。だから、可哀相な売り物の猫を助けてやった俺を、とっつあんは可愛がらなくちゃいけないのっ」


そんなの知るか!
銭形が叫んだけれども、ルパンはにやにや笑ってその唇にくちづけ、彼を黙らせた。


膝の上で丸くなっていた猫が、抗議の声を上げながら、ずるずるとルパンの膝の上からずり落ちていく。
とんっ、と取調室の床に着地して、彼は、一度、なうんと恨みがましい声で鳴いてから、弾みをつけて机の上に飛び乗った。


机越しにキスを繰り返している人間2人を、彼は冷静な表情で、眺めている。
銭形は、顔を真っ赤に染めながら、ルパンのくちづけから逃れようとしている。
けれども、ルパンは彼の頭をしっかり固定して、舌先でこじ開けた彼の口内に、舌を差し入れ、銭形とのキスを、堪能している。




取調室の壁の一部は、全面が鏡張りになっていて、その向こう側には、警官が三人、立っていた。
正確にいえば、警官の格好をした盗賊が、三人。


「ねぇ。ちょっと。ルパンったら、逃げる気、あるのかしら」
「いや・・・・・・逃げる気ねぇんだろうな。ありゃ」
「見せつけられている気がするのでござるが・・・・・・」
「見せつけてるのよ、絶対」


口々にルパンへの文句を垂れながら、三人はしっかりと目の前の光景に、視線を集中させている。
ルパンは、今や、椅子に拘束した銭形の膝の上に腰かけて、嫌がって首を振っている彼の首筋を舌で舐め上げながら、そのシャツを脱がしはじめている。


2000万の雄の三毛猫は、机の上で行儀よく座りながら、尻尾をゆらゆら揺らして、一生懸命に、前足で顔を洗っている。
ぺろぺろと桃色の舌を出して、自身の前足を舐めている猫の姿と、その横で、赤い舌を出して一心に、銭形の首筋を舐めているルパンの姿が、奇妙な具合に似ていて、三人は呆れたように、肩を竦めた。


「ルパンは猫ね」
「銭形は犬だろうなぁ」
「タチではござらんな」
「銭形が?そうね。銭形なら、ネコね」
「なぁ。俺ら、あの2人がにゃんにゃんするの、見てなきゃいけねぇのかぁ?」
「あら。次元ったら。嫌なら帰ったっていいのよ?」
「・・・・・・いや、見るけど。もったいねぇし」
「次元も好き者でござるな」
「お前に言われたかない」


取調室の、壁の向こうから聞こえてくる銭形とルパンの声に耳を傾けながら、三人は興味深そうな様子で、二人の交わりを眺めている。
銭形の瞳が快楽の涙で濡れていて、それは、ずっと、ルパンのことばかり、映していた。


あの瞳を、ルパンから奪い取るには、どうしたらいいだろう。
声に出さず、三人は考えながら、ルパンの舌に翻弄される銭形を、三匹の猫が並んでいるかのように、各々に舌なめずりをしながら、見つめている。




End.





CAT ate LOVE の蒼月さんに誕生日にかこつけてリクエストさせていただいたものです!リクは「取調室のル銭」だったのですがそこからこんなに可愛くて甘くてキュンキュンするお話に広げていただけるとは…幸せですー!ありがとうございました!

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