働く者たちに一時の休息を。


「待てぇい!ルパン、逮捕だぁあ!」
「待てと言われて待つわけないでしょ!さいなら、とっつあん!」
とある美術館で二人の声だけが、大きく響き渡った。


働く者たちに一時の休息を。


「たっく、ルパンの奴め…。覚えてろよ。」
銭形はまたもルパンに逃げられ、いらつきながら愚痴をこぼした。
近くで聞いていた部下の一人が、言葉を掛ける。
「お疲れ様です、警部。大変ですね。」
「まったくだ。ルパンめ、絶対逮捕してみせる!」
ドスドスと足音を鳴らしながら、警視庁の玄関ホールまで歩いて行く。
部下が敬礼したのを視界の隅に見つけ、軽く手を挙げて外に出る。
外は冷たい風が吹き、さっきまで興奮していた頭を冷やしていく。
思わず身震いをし、コートの端を両手で持ちながら前を閉め、体に入ってくる風を防ぐ。
「今日は、冷えるな。」
そうこぼす銭形の口からは、白い吐息が漏れている。
外はビル達の明かりで満ち、空は暗いが星達の姿は見えない。
すっかり夜仕様となっている町を眺めながら、ゆっくりと帰路についた。

しばらく歩くとさっきの風景が嘘の様に、道々の明かりはすっかり消え失せ、
闇の世界になり、夜空には星達がここぞとばかりに輝いている。
銭形の歩く道は月が照らしており、明るくなってる。
しかし銭形の心境までは、照らしてはくれないようだ。
「ルパンめ、まんまと逃げやがって…。
 次はこうはイカんぞ。次の時はもっと…。」
と、次の作戦をブツブツと呟きながら道を歩いて行く。
たまに道中の家から漏れる楽しそうな家族の笑い声をBGMに、
銭形は次の為に意気込み、前を向いてしっかりとした足取りで歩き出した。

借りている古いアパートの引き戸を開き中に入り、郵便受けを確認する。
「何もナシ、か。」
中を確認し、アパートの階段を上がり二階へと向かう。
自分の部屋の扉の前に立ちドアノブを捻ろうと手を近付けたが、触れる直前で銭形の手が止まる。
――家の中に誰か居るのか?
家の中に微かな気配を感じる。
慎重に止めていた手を動かし、ドアノブをゆっくりと捻る。
ガチャと鈍い音をたてるが、扉は開かなかった。
小さく息を吐いて、コートのポケットから鍵を取り出し扉の鍵を開ける。
もう一度ドアノブを捻る。
今度はガチャリと確かな手ごたえを感じ、扉をゆっくりと引くけばギィと鳴りながら開かれる。
部屋は真っ暗だった。
慎重に足を進め、玄関まで入ると扉が開いた時と同じ音をたてながら閉まる。
靴を脱ぎ、部屋の中に一歩踏みいる。

すると――
パパンッ!
と軽い爆発音に似た音が響く。
声も無く銭形が驚くと、部屋の明かりがパチリと点く。
「なっ!」
先ほどの音以上に驚きに目を開かせる銭形の前に居たのは―
「ルパン!……に次元、五右エ門、不二子まで…!」
日頃そして、先ほどまで銭形が追っていたルパン一味が居たのだった。
「よぉ!とっつあん、また会ったね!」
「俺たちはオマケかよ、ひでーぜ。」
「いた仕方なかろう。」
「何よ、私“まで”って。私が居たらイケナイのかしら。」
「あ、いや、これはしつれ……ってちがーーーう!貴様ら一体何の目的で俺の部屋におるんだ!」
サラリと目の前で交わされる言葉に、思わずノリツッコミをしてしまう銭形。
しかし、そこは警察官だ。しっかりとルパン一味に尋問じみた勢いで問う。
ルパンが楽しそうに笑いながら、何処から出したかカレンダーを銭形の前に見せる。
「さぁ、そんな銭さんに質問です!今日は何の日でしょーーかっ!」
「は?今日か…?栗きんとんとか、なんとかっつー日だろーが。」
「クリスマス、な。日本のお菓子の名前を出さないでちょーだい。
 って、なーんでそっちが分かって、こっちが分かんないのさ。」
「そっち、こっちって貴様は一体何を言っとるんだ。」
ルパンの人をバカにした態度にイラついたのか、銭形はルパンの体をずらして部屋の中へズカズカと入る。
入った部屋の先には、いつも通りの風景がある。
しかし、一か所だけおかしな点を見つける。
「……なんだ、これは。」
小さな丸いちゃぶ台の上には、所狭しと料理が並べられている。
それでも乗り切れなかった料理が、ちゃぶ台を囲むようして並べられている。
そんな料理の中心には綺麗に飾られたケーキがあった。
ケーキの真ん中にはチョコレートのプレートがありそこには、
『HappyBirthday 銭形警部』
と綺麗な字で書かれていた。

呆然とする銭形に、次元が近付く。
銭形の肩に腕を置き、開いている方の手には日本酒を握り銭形に見せる。
銭形の視線が日本酒に移る。それを見て次元が言う。
「あんたの誕生会だとよ。」
「は、俺の?」
「そうよ、しっかり楽しんでね!銭形さん。」
次元とは反対側に周り、不二子が楽しそうに言う。
まだ何か言いたそうな銭形の背中を、ルパンがグイッと押し前に進ませ、
更に肩に手を置き下に力を加え、座らせる。
ルパンの急な行動に銭形が顔を上げる。そんな銭形の見ながらルパンが得意げに話した。
「とっつあんの為に、俺が発案したのよ。普段迷惑ばぁっか掛けてるからな、そのお詫びに。」
「お詫びをしたいのなら、俺に捕まれ。」
「それは、勘弁して!」
「そうだ、銭形殿。拙者達なりのお礼とお詫びだ。受け取ってくれ。」
いつの間にか、銭形と対面するように座っていた五右エ門が言う。
ふと、視界の端に紙が映る。
――さっきの爆発音の正体はクラッカーか。
家に入った瞬間からルパン達の誕生日会とやらは始まっていたらしい。
――祝われる本人すら忘れていたというのに、この泥棒たちは。
思わず銭形の表情が緩む。
普段は敵対しているが、たまにはこういうのも良いのかもしれない。
それに此処までしてくれているのだ無下に扱うわけにもいかない。
少し悩んだあげく、その好意を受け取る事にしたのだった。
「お前らが俺の為に、か。笑わせてくれるじゃねーか。」
「素敵だろ?」
ウィンクし得意げに笑うルパン。
「たまには良いんじゃねーか、こういうのも。」
先ほどの日本酒をしっかりと飲み始めている次元。
「こうのも一興だ。」
どことなく楽しそうな雰囲気を醸しだしながら言う五右エ門。
「楽しんだ者勝ち。そうは思わない?」
ちゃっかり料理を口に運んでいる不二子。
そんなルパン一味の様子を見ながら、銭形は楽しそうに笑った。
さぁ、宴の始まりだ!


「知ってる?銭さん、料理は次元がつくったの。」
「へぇーそんなもん、作れたのか。」
「へっ。すげーだろ?」
「銭形殿、こっちの日本酒はどうだ?」
「お、ありがとな。」
「とっつぁん!俺からのプレゼント!」
「は…?ってルパン、貴様!これは今日盗んだ物だろ!」
「嫌だな、とっつぁん。これ盗品だぜ?盗品を俺が盗んだの!」
「何!?じゃぁ、あそこの館長は…。」
「そういう事!てなわけで、この件は見逃してくれよな。」
「この件は見逃しても、貴様を追う事には変わりないがな。」
「今は仕事の話はNGよ。ね、五右エ門。」
「うむ。せっかくだ、楽しまなければ意味が無い。」
「いーこと、言うじゃねーか五右エ門!」
「…………ま、良いか。」
いつもと違うルパン一味に囲まれながら、銭形は不思議な誕生日を過ごした。

みかん 様:Pixiv

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