-12月25日 銭形
赤と緑に煌くイルミネーションの下を、銭形はコートの襟を立て、
俯いたまま歩いていた。
足早に。
昼から振り出していた小雨は日が落ちてからも続いていて、傘にパラパラと音を立てる。
行過ぎる人々は笑いあっていて、クリスマスという祭りの終わりを楽しんでいるように見える。
銭形の口から知らずため息が零れた。
誰かが上を指差す。
気が付くと、傘にあたる音が消えている。
足を止め、見上げれば、ビルとビルの隙間から白い花弁がフワリ、フワリと落ちてくる。
(……雪か……)
傘をたたみ、しばし佇む。
自分はいったい何をしていたんでしょうね……
今朝、自分の下から離れた部下がポツリと零した言葉。
長い間、ルパンを共に追い続けた部下の言葉。
それは決して、銭形を責めたものではなかったが、だからこそ、胸を抉った。
銭形の足は止まったまま、動かない。
視線が下へ、行き交う人々の足元へと落とされる。
雪は道へと落ち、踏まれ、消えていく。
(……雪も積もらなきゃ、意味がねぇか)
肩が薄っすらと白く色づく。
どのくらいそうしていたのだろう、ふと、誰かに呼ばれたような気がして、銭形は振り返った。
家路を急ぐ人の波。
その中に赤い背中が一瞬、見えた、ような気がした。
しかし、それは、瞬きの間に消えてしまった。
銭形は肩を竦めると歩き出した。
先程より大股で、真っ直ぐに。
積もり始めた雪に跡を残して。
コンビニ弁当にビール。
典型的な独り身の買い物済ませた銭形は、玄関の前で首を傾げた。
念の為に表札を見れば、当然、銭形と書いてある。
部屋番も間違いなく自分のものだ。
銭形は周囲を見回すが、人影は無い。
(なんだ、こりゃ??)
身を屈めて扉の前に置かれた『それ』を拾い上げる。
天使を模したらしい十センチほどの人形が、小さな花を一輪、持っている。
リィン…
体はベルか何かなのだろうか、可愛らしい音を上げる。
もう一度周囲を見回すが、やはり誰もいない。
人形はまるで花を銭形に差し出しているように見える。
思わず口元を綻ばせて、それをポケットに仕舞った。
そんな筈も無いのに、何故だが、自分宛のように思えた。
(……まあ、誕生日だ、罰はあたらねぇだろ)
ポケットの中で、人形はチリリと鳴った。
-12月25日 ルパン
目当ての姿を雑踏の中に見つけたのは、小雨が雪へと変わりだした頃だった。
道を隔て、銭形の背中がある。
不二子に振られ、用意していた花束の処理に、ふと、今日が12月25日であることに気が付いた。
暇つぶしと多分にからかいを込めて、誕生日を祝ってやろうとそう思い立ったのは、たまたま、同じ都市に居たためだろう。
手にしていた花束を握る手に力がこもる。
目に映ったのは、行き交う人々の中、佇む銭形の姿。
(……とっつぁん)
丸められた背中がひどく寂しげで、まるで途方に暮れているようにも見える。
何かあったのか、そう問いかけたくて、一歩、二歩と前に出された足が自然と止まる。
声を掛けられる筈も無い。
何か、など、自分絡みのことだろうにとルパンは自嘲気味に笑った。
情報では、部下の何人かが辞令で異動になった筈だ。
ルパンは踵を返し、人込みへと消えた。
耳障りなクリスマスソングを背中にルパンは無目的に歩いていた。
リィイン……
小さな音色だった。
顔を上げると、募金を募る、赤い帽子を被った少女達がいる。
教会か何かが近くにあるのかも知れない。
ルパンは足を向けると、ポケットの中を探った。
「少なくてわりぃけど」
「ありがとう、ございます」
頭を下げる女の子に、これも、とルパンは持っていた花束を渡す。
「クリスマスプレゼント、貰ってくれる?」
女の子は隣の子と顔を見合わせたが、すぐに笑顔で受け取る。
「これ、差し上げます」
募金のお礼に渡すことになっているらしい、小さな人形が差し出された。
(何、やってんでしょ、俺は)
銭形と書かれた表札。
ルパンは扉の前で思わず苦笑する。
懐から先程の人形を取り出す。
(とっつぁんには可愛らしい過ぎるけど)
そっと、下に置く。
と、ハラリと花が落ちた。
花束のものが服についていたのだろう。
小さなそれは、メインの薔薇を引き立たせるただけのものだ。
ルパンはそれを摘むと、人形に持たせる。
「……誕生日、おめでとさん」
呟きは誰に聞かれることも無く、雪の中へと消えていった。
夜の間、降り続いた雪は、それでも、朝日と共に溶けていった。