警視庁捜査一課の剣持警部が殺人事件の捜査本部に顔を出すと、
そこに懐かしい顔があった。
「銭形さんじゃないですか! いやあ、お久しぶりです」
声をかけられてふり返った男は、いかつい、それでいて愛嬌のある顔をしている。どこか泥臭い雰囲気に、誰も、これがICPOに出向しているルパン三世専属捜査員だとは思わないだろう。
「いよお、剣持さん。しばらくご厄介になりますよ。日本にいる間、捜査一課の手伝いをしろと命令されましてね」
銭形は頭をかき、捜査本部の部屋を見回した。
「帰国してすぐに顔を出したんですが、さすがにこんな夜中じゃ誰もいませんな」
「ああ、ついさっき報告会議が終わって解散したんですな。私はちょいと野暮用で、帰ってきたばかりなんですが。それより、ルパンのほうはいいんですか」
剣持が好奇心をあらわに尋ねると、銭形は苦笑とともにイスをひいて腰をおろした。
「先日、大きな事件で取り逃しましてね。どうやらルパンもケガをしたようなんで、しばらくは動きがないとふんで帰国しました」
「ほおお。いや、ルパン三世といえば大物だ。なかなか大変でしょうなあ」
まあねえ、と銭形は煙草に火をつけた。
「あいつともずいぶん追いかけっこをくり返して、すっかり顔なじみになっちまって…最近じゃあ、あいつもそんなに悪い奴じゃない、なんて考えるようになっちまってね」
「そいつは……つらいですな」
「ええ」
銭形は、煙草の煙をぽっかりと吐き出した。
「いっそ、憎めたらと思いますよ。そうすれば手加減なしに追える」
「そういう意味では、私のほうがめぐまれてますかな。やむにやまれぬ理由があろうとも、故意の殺人は許されない」
剣持は寄りかかっていた机を離れ、窓に近寄った。
空は黒く、高層ビル群の夜景が目にまぶしい。
「今回の事件、全力でお手伝いしますよ、剣持警部」
外をながめる剣持の背中を見ていた銭形は、そう言って煙草を灰皿に押しつけた。
「頼りにしています、銭形警部」
静まりかえった捜査本部の室内で、二人は同時に手を差し出し、固く握手をした。
夜が、深まる。
終