近頃相棒の様子がおかしい。
難しい顔をして考え込んでいるかと思えば急に相好を崩してニマニマ笑い出したりする。
かと思えば上の空で窓辺で黄昏てみたり、この世の終わりかのような絶望感を漂わせ落ち込んでいたり。
元々常人では計り知れないエキセントリックなところがある人間だと知ってはいるものの、こんな状態が続くようでは目に余る。
理由を問いただしてやろうと何度も思ったが、変に意固地なところがあるヤツのことだ、へたにつつくと状況を悪化させるかもしれないと俺は半ば焦れながら奇行を繰り返す相棒を見守っていた。
そんなある日。
リビングのソファで寝ころんでいた俺に影が落ちる。視線を上げると情けない顔をした相棒が立っていた。表情だけの話ではない、青白い顔の頬はこけ、目は落ちくぼみ、その眼の下にはどす黒いクマ。改めてそんな顔をまじまじと見た俺は思わずあんぐりと口を開けた。眠れない、とは言っていたがこれはかなりの重症だ。
「……お前さん、ひでェ顔してるぞ」
言うとルパンは眉を八の字にし、顔をくしゃっと歪めた。
「じげぇん、……ちっと話があるんだけっども」
来た!俺は内心ガッツポーズをしたが、何気ない風を装ってわざとゆっくり体を起こした。そんな俺をちらちら見ながら、ルパンは何かを言いかけては口籠る、を繰り返している。自分から話させようとしばらくそれを眺めていた俺だが、もじもじしながら一向に口火を切らないルパンにさすがにイラッと来た。
「なんだよ、なんか話があるんだろ?」
少し強い口調で言うと、ルパンは浮かない顔をしたまま俺の隣にポスンと座った。
「あ……、あのな、俺、どーやらとっつあんのこと好きみたい……、なの、よね」
「そーだろーな。……ってかなんだよ話ってそれかよ?」
俯いて深刻な声を振り絞るルパンの言葉に俺はガクリ、と拍子抜けする。ルパンは俺の反応に心底びっくりしたようで、弾かれたように顔を上げると俺を見た。
「えっ何その反応!? 好きってあれだよ、性的な意味でだぜ!?」
「……あー性的にね……」
慌てふためくルパンに俺はひきつった笑いしか出ない。せめて、ライクじゃなくてラヴだぜ、くらい言えっての。
「そんなの、前から知ってるって」
「えっ……。えぇっ!? 嘘!? いつから!?」
「いつからって……そんなこと覚えてないけど、だいぶ前から」
ああ、コイツ自分の気持ちに気付いてなかったのか、と俺は湯気をあげそうにカッカと赤くなっているルパンの顔を見ていた。
「お前さんはいつ気づいたんだよ、自分が……あーその、銭さんを好きだって」
問うとルパンは口をとがらせて考え込んだ。
「いつって……この前の仕事の後とっつあんの部屋盗聴してて、ちょっと、ネ……」
もにょもにょと歯切れの悪いルパンを見て俺はなんとなく意外な気がした。おいおい、女に対する態度と随分違うじゃねぇか。
「なーにを聞いたんだ? 録音してあるんだろ、俺にも聞かせろよ」
軽い気持ちで言うと、ルパンは真っ赤な顔をグリンとこちらに向けて俺を睨み付けてくる。
「絶対ダメ!! っていうかさ、録れなかったんだよ……もし録れてたとしても絶対お前にゃ聞かせらんねぇよ」
「あ、録音できてなかったの? お前にしては失敗だったな」
俺の言葉にルパンは一瞬びくっとして肩を落とし、両人差し指を突き合せながら小さな声で答えた。
「……壊しちゃった」
「はぁ?」
「壊しちゃったの! 受信機! 床に落ちちゃって……録音データもパァ!」
開き直った様子のルパンに俺は呆れ返る。あの機械はこの前新調したばかりの値の張るものなのだ。口を噤んだ俺を上目づかいで見てルパンはとりなすように笑う。
「ま、ほら、機械自体は俺でも直せるくらいの壊れ方だったからさ?」
俺はなんだか馬鹿馬鹿しくなって何か言う代わりにため息を返した。ルパンはクッションを抱え込み顔を伏せた。
「……でもさぁ、データ残らなくてよかったんだよ、あんなの何度も聞いたら俺死んじゃう」
クッションに顔を埋めたままルパンはもごもご言っている。この男にそこまで言わしめるなんて、銭さんは何をこいつに聞かせたのか。興味は湧いたがこの様子じゃ絶対に口を割らないだろう。俺は煙草をくわえて火をつけた。
「ま、女にうつつを抜かしてるよかいいんじゃねぇか」
「……そう? 泥棒と警察官だよ?」
「まーなぁ。でも俺も好きだぜ、銭さんのこと」
煙を吐きながら言うと、ルパンはすごい勢いで顔を上げて俺を見た。
「えっ!? どーゆーこと、まさか性的にっ!?」
「さぁどーだろうなぁ?」
俺は込み上げる笑いを噛み殺し、ルパンの視線を避けるように顔をそむけて立ち上がった。人を散々心配させといて今更そんなことで悩んでたなんて、アホらしくて付き合ってらんね。
「ちょっ、ちょっ待ってよ次元ちゃぁ~ん! 俺、どーしたらいいの!?」
「んなこたぁ自分で考えろっ」