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「くっ」
ぞわっと鳥肌を立て銭形はルパンを押し返そうとした。だがその肩はびくともしない。褐色の肌に白い歯がめり込んで、銭形は顔を顰めた。
「よせ。こんな冗談は好かん」
――そうかい、ルパンは笑う。生憎俺は大好きなんだよねぇ。滲んだ血を柔らかく広げた舌で舐め上げる。剥き出しになった神経がその味蕾の一粒一粒までとらえた気がして銭形は短く息を呑んだ。
『これが俺の夢なのか?』
じんじんと痺れ出した頭の片隅で銭形は思う。ただでさえ敏感な彼の肌を苛んでいるのは、他の誰でもない、あのルパンなのだ。彼を捕らえるために銭形は全身全霊をかけて彼のすべてを記憶した。声も、眼差しも、仕草も、指先も。こんなことをされたことはなかったが、銭形に刻み込まれたデータのすべてが今自分を抱いているのがルパンその人だということを告げていた。

 どこからか、花の香りがする。

 ほんの一瞬気を取られた銭形をルパンは床に押し倒した。ごつん、と鈍い音が響く。
「いてぇな、おい」
したたかに頭を打ちつけた銭形が低く言うとルパンは覆いかぶさるように覗き込んだ。その表情は銭形もよく知っている――どこか間の抜けた人の良さがにじみ出る顔で、剣呑な体勢になっているにも拘らず銭形を安堵させた。
「ごめんね、とっつぁん。もちっといいムードでしたかったけど」
先ほど銭形を戦慄させた暗い炎がルパンの目の奥で揺らめく。アンタが相手だと余裕がなくなっちゃっていけないや。つぶやくルパンの右手には、見慣れたこげ茶色のスラックスと使い込まれたベルトが握られていた。
ギョッとした銭形は自分の脚に手を伸ばす。指先が脛毛に直接触れた、その刹那。無機質な金属音と共にその手首と足首に冷たい感触がまとわりついた。
「てめぇ……っ」
怒りを隠そうともせず歯を食いしばり睨み付ける銭形を見下ろしルパンは小さく口笛を吹く。
くたびれたワイシャツの裾からちらちら見え隠れするトランクス、そこから伸びる無駄のない筋肉質な脚。右膝は立てた状態で、その足首と右手首は彼のエモノであったはずの手錠に拘束されている。

 い~い眺めだぜ、とっつぁん。
鼻歌を歌いだしそうなくらい上機嫌な顔でルパンは笑う。情けなくあられもない格好のまま横たわる銭形はそれでもその丸く黒い瞳で真っ直ぐに赤ジャケットの男を射抜く。こんなにはしたない格好になっても彼の高潔な魂は全く損なわれることはなく、ルパンはその姿を高貴だとすら思う。そして、怒りに満ちたこの目。この目が俺を狂わせる。嗜虐めいた高ぶりが背筋を駆け上り、ルパンは銭形の脚の間に膝をついた。
「やめろっ」
覆いかぶさってくる赤いジャケットを押し返そうとする左手は簡単に絡め捕られて、床に押さえつけられる。口づけられそうになり顔をそむければ、無防備に晒すことになってしまった喉元に噛みつかれた。ずきん、と甘い痛みが銭形の体を震わせる。
「俺だって乱暴にしたくないのよ、とっつぁん。お願いだから大人しくしてチョ~ダイ」
「ばっ……かやろ、う」
まるで女を口説く時のような甘く優しいささやき。鎖骨をなぞられて心臓が跳ね上がる。銭形は胸元で動くルパンの頭を睨み付けた。彼が動くたびにさっき嗅いだ花の香りが漂ってくる。

 ――これは本当に俺の夢なのか?
だとしたらお笑い草だ、俺はこの男をこんな女みたいな香水をつけるような奴だと思っていたのか。ルパンは顔を上げないままくぐもった声で笑う。
「夢は深層心理の表れっていうもんね」
声には出していないはずの胸中に答えられたかのような言葉に銭形は一瞬怯んだ。その隙を突くようにルパンの唇が銭形の敏感な胸の突起を挟み、尖らせた舌の先でくすぐった。
「っ……」
かろうじて声は抑えたものの、鼻にかかった吐息を漏らして銭形は真っ赤になる。意外と敏感だよね、アンタって。ルパンが愉快そうにつぶやく、その息が肌にかかるだけで銭形は体を震わせた。

――どれくらいの時間が経ったのか。部屋にはただ銭形の荒い息遣いだけが響く。体中のいたるところを指で、掌で、唇で撫でさすられ、声を上げるまいと必死になればなるほど抵抗する気力は失われていく。
「どう? 気持ちイイ?」
顔を上げて言うルパンのからかうような声に銭形はギュッと眉根を寄せる。
「……気持ち悪いわ、ばかもん」
「あっれェ~、そうなの? コッチはイイって言ってるみたいだよ?」
いきなり握り込まれて銭形は目を見開く。認めたくはなかったが彼の意に反してそこは痛いほど勃立していた。透明な滴を浮かべる先端を親指の腹で刺激されて思わず呻く。
確かにここんとこ、自分で処理することすらしてなかった、だけどなんでこんなに……ッ。羞恥に耳や首筋まで真っ赤に染まる銭形を見てルパンは微笑んだ。
「ほんっと可愛いんだから、とっつぁんってば。俺もそろそろ我慢できなくなってきちゃった」
「が、我慢って何を」
身を起こし自らベルトを外し始めるルパンを見て銭形の顔からさっと血の気が引く。赤くなったり青くなったり本当見てて飽きねぇわこの人、と思いながらルパンはジッパーを下げ、トランクスのゴムに指をひっかけた。んふふ、と鼻にかかったような笑い声を漏らしながら。
「んもぅ、とっつぁんだって男なんだからわかってるでしょ? 野暮なことは言いっこなしよ」
露出させた先端をぐい、と銭形の内腿に当てた。筋肉が強張るのがダイレクトに伝わってくる。
「やめ……っ」
冷や汗を流しながら首を振る銭形の腰を掴み、ルパンはその中心に自分の腰を押し進めた。銭形はあらんかぎりの力を振り絞り抵抗を試みる。
「あーらら、まだそんな元気があったんだ?」
不自由な体勢のまま暴れる銭形をルパンはたやすく押さえ込み、中指を舐めた。その指先で銭形の先端をなぞり、そのままもっと奥へと滑り込ませる。ぐ、と力を込めて窪みを抉れば銭形の喉が乾いた音を立て、硬直した体は動きを止めた。
「言ったデショ、乱暴にはしたくないって。でもとっつぁんがこれ以上暴れるなら優しくはできない……カモ、よ?」
ルパンの指先はゆっくりと、でも確実に銭形の体内に入り込んでくる。銭形は未知の感覚に呆然と目を見開くしかできなかった。ルパンは涼しい顔をして無遠慮に彼の体内をまさぐる。他と様子の違う個所を探り当て、そこを指の腹で擦りあげれば。
「あ、あ、あ……っ」
声を上げまいと歯を食い縛っていた銭形の顎が上がり、掠れた声が漏れた。反射的に左手で自分の口を覆う。消えてしまいたいほどの恥かしさに強く目を瞑った銭形の耳元に、ルパンは唇を寄せて囁いた。

 「好きだよ、とっつぁん」
銭形の目が見開かれたのは、その言葉への驚きのせいか、指よりも高い質量のものが彼の体内にこじ入れられたせいなのかは――、ルパンにも、銭形自身にも解らなかった。

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