4

「ルパン……、お前、本当に死んじまったのか」
問いかけるでもなくつぶやくと、背後でルパンの笑う気配がする。
「さぁねぇ。でも俺、ユーレイじゃないよ」
「お前なぁ、お天道様の下には出て来ず夜な夜な夢枕に立つなんざ世間一般では……」
言い澱む銭形の鎖骨に爪を立てて黙らせるとルパンはぐいと彼の腕を引いた。抵抗もなくこちらを向く銭形に片目をつぶって見せて。
「ムツカシイお話はまたにしようぜ? 夜は短いんだから」
すでにはだけかけた寝巻をぐいと引き下ろした。

使い古した煎餅布団の上で仰向けになった銭形は自分の胸元で動くルパンの頭を見つめていた。
脇腹を掠る指がくすぐったくて微かに身を捩る。ルパンはそんな銭形の反応を楽しむかのようにゆるゆると組敷いている男の体のあちこちを撫で回した。
「……っ、ルパ、ン」
僅かにあがる息を押し殺しながらルパンの手に自らの手を重ねる。いたずらに肌をくすぐる動きを止めたかっただけなのだが、ルパンはその手をとると指を絡ませ布団に押し付けた。
「お前はいったい誰なんだ」
「ふぇ?」
銭形の言葉にルパンはわずかに顔を上げた。
「今更何言っちゃってんの?」
胸の頂に唇を触れさせたまま笑うルパンに銭形は顔を顰める。
「まぁとっつあんが改めて知りたいってんなら教えてやんねーこともないよ? 俺の名はルパぁ~ンさんせ……」
言いかけたルパンの唇と吐息が胸元をくすぐり、銭形は眉間のしわをますます深くして彼の額に手をかけ強引にその顔を自分の体から引き剥がした。
「そこで喋るんじゃねぇ」
一瞬驚いた顔になるルパンだが苛立ったような銭形の視線にぶつかり表情を緩ませた。銭形はルパンの短い髪に指を潜り込ませ掌で乱暴にかき回す。だがその指先はまるでものを慈しむかのように優しかった。
「俺の知っとるルパンはこんなことはせん」
「俺の知ってるとっつあんもこんなことしねーよぉ?」
へにゃ、と笑うとルパンは自分の頭に置かれた銭形の手を指差す。銭形は片眉を上げたが手を外すことはなかった。代わりにその指に力を込め、持ち上げる。いてて、と顔を歪ませるルパンの顎が銭形の胸から数センチ浮く。
「おーいてぇ。ほんっと容赦ねぇんだから、とっつあんってば」
たっぷり数十秒は経ってから銭形が手を離すと、ポスンと彼の胸に顔を埋めたルパンは涙目になって頭をさすった。
「だいたいさ、アンタの知ってる俺はこんなことしない……ったって。とっつあんが俺の何を知ってるってのよ」
その言葉を聞いて銭形は口をへの字に曲げた。ルパンは体を起こして銭形の顔を覗き込む。
「俺はずっととっつあんとこうしたかったの。知らないデショ? 俺を捕まえようと追い掛け回すとっつあんを逆に捕まえて、この眼に、この頬に、この唇にくちづけて」
ルパンは言いながら自分の言葉通りに銭形のまぶたや頬、唇を指先でなぞる。やめろと言おうと開きかけた唇にルパンの親指が滑り込み、やんわりと舌を抑え込まれて銭形は黙るしかなかった。
「アンタの全部を手に入れて、アンタのナカまで俺で満たして、滅茶苦茶に、ドロドロに汚して。二十四時間三百六十五日俺のことしか考えられないようにして、俺から離れられないようにしたかった」

言葉を選ぶようにゆっくりとつぶやくルパンの顔からは笑みが消えていた。
「ずっとそんなこと思ってたなんて知らなかったろ?」
いったん言葉を切り、ルパンは銭形の目をまっすぐに見つめる。逡巡した表情で少しの沈黙の後再び口を開こうとしたルパンを見て銭形はぞくりと震えた。
「や、」
「――愛してんの、アンタのこと」
鼓膜を震わせるその言葉の意味を理解したくなくて銭形は耳を塞ぐ。……これが夢でなければ彼の反応も違ったものになったかもしれない。だが、現実にはもう触れられも、姿を見ることさえもできないと理解っている相手から聴く言葉にしては辛すぎて――銭形は絶望にも似た悲しみを覚えた。
ルパンはそれを知る由もなく強引に銭形の手を掴むとその耳に口を寄せた。堰を切ったように溢れ出し流し込まれるルパンの囁きに、銭形はいやいやをするように首を振るががっちりと抑え込まれて逃れられない。
「ねぇ、とっつあんは俺のことどう思ってるの? 好きなんでしょ? 愛しちゃってんデショ?」
耳朶を甘噛みしルパンは囁く。銭形は硬く目を瞑り逃れようと激しく抵抗した。触れれば素直な反応を見せる体とは裏腹に頑なな態度に焦れたルパンは乱暴に銭形の口を自分のそれで塞いだ。噛みつくような口づけで口腔内を蹂躙され、やがて銭形の体から力が抜けていく。ぼんやりと霞がかる意識の端にまた花の香りを認めて銭形はかすかに顔をゆがめた。

「……っは、ぁ……っ」
膝立ちになったルパンは荒い呼吸に上下する銭形の背中を見下ろしていた。掴んだ腰を手荒に揺さぶれば、ひッと息を呑んで突っ張っていた腕が崩れる。角度が変わりまた違った刺激をもって自身を包み込む銭形の内部の感触を楽しみながら、ルパンはその均整のとれた筋肉質な背中に触れた。
「ルパ……、っ頼む……もう、」
掠れた声で銭形は訴える。既に何度も高みに駆け上がらされた。なのに、あと少し、というところでルパンの動きは緩やかになる。お預けを食らった銭形がやっとの思いで息を整えかけると、ルパンの責めが再開する。そんなことを繰り返され、銭形の体を出口のない快楽が駆け巡り悲鳴にも似た嬌声を上げさせた。
ルパンは黙ったまま背中に触れた指先を滑らせる。その動きに伴ってびくびくと揺れる銭形の体はルパンにもダイレクトな刺激を送り込んだ。朱に染まる耳朶やうっすら汗ばんだうなじを眺めながらルパンは思う。――ずっとこうしたかった、この男の体にも心にも俺という、ルパン三世という傷を刻み込んで。あの真っ直ぐで力強い視線の先にいるのが常に自分だけになればいい。逮捕だ、と叫ぶその唇で、愛していると言ってほしい。そのためにならこのままこの夢の中で二人っきりの時間を過ごすのも――。だがしかし仄暗い欲望はわずかにこちらに顔を傾けた銭形によってかき消された。肩越しに見える睫毛が濡れているのを見てルパンはガラにもなく狼狽える。
ゴメンネ、とっつあんがあんまりにも可愛いからいじめたくなっちゃった。申し訳なさそうに言ってルパンは繋がったままの銭形の体を慎重にひっくり返す。ぐるりと中を掻き回されて銭形は食い縛った歯の隙間から呻きを漏らした。気だるげに腕を上げ顔を覆った銭形に、その腕を引きはがして泣き顔を見たい衝動に襲われる。そっと腕に手をかけると、銭形の体が強張るのが解ってルパンは溜息をついた。
「好きだよ」
栓が壊れた水道のようにダラダラと流し続ける粘液に塗れた銭形の中心を優しく握り込み、ゆっくりと扱きあげながらルパンは抽送を再開する。柔らかくも狭い内部を行ったり来たりする鉄のような硬さにくすぶっていた快楽が熱を帯びる。その硬さと息遣いにルパンも限界が近いのだと銭形は知る。
「とっつあん、お願い、顔見せて」
息を弾ませながら懇願するルパンに銭形は腕の隙間から訝しげに自分を貫いている男の顔を見上げる。その顔はまるで今にも泣きだしそうで――そう思った瞬間銭形は驚いて自分の顔に置いていた腕をルパンの方に伸ばした。
「愛してる、とっつあん、おんなじように想ってくれなくてもいい、だけど」
途切れ途切れに言うルパンの顔がくしゃりとゆがむ。
「忘れないで、俺のこと――」
その言葉が耳に届くと同時に銭形はルパンの首に手を回してぐいと引き寄せた。驚いた表情で崩れ落ちてくるルパンをかまわず力を込めて抱きしめる。

忘れるはずがない。
忘れられるわけがない。
お前は俺の最大のライバルで。
お前が俺の生き甲斐だった。
お前がいない世界に俺の存在意義などないというのに。

浮かされたように言葉を紡げば、ルパンは額を銭形の肩にギュッと擦り付けひときわ大きく体を揺らして銭形の奥を突いた。背筋から駆け上がる快感が脳天で火花を散らして、銭形は意識を手放した。

グッジョブ送信フォーム \押してもらえると励みになります!/
最上部へ 最下部へ