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 ――だからって別に俺たちみたいな子供の世代でまで嫌い合ったりすることないのになぁ。
勿論同じ考えの人間の方が俺たちの世代には多いのだが和人のような人間も少なくはなかった。往来では数こそ少ないもののずっと人の流れは途切れなくて、否応なしに守神と城下の賑わいの差を感じてしまう。俺は知らず、苦笑していた。

「さっきからあきら、一人で難しい顔したり笑ったりしてるけど……大丈夫?」
不意に美弥の声が俺の思考を遮った。
「んぁ、ごめん、考え事してた」
外から視線をはずし美弥を見る。彼女はまっすぐこちらを見つめ唇を尖らせていた。その眼が退屈だと訴えかけている。正直可愛い。

「あきらは最近どうなの?」
カツン。テーブルの下で美弥の爪先が俺の脛に当たって俺は思わず顔を顰めた。気づいているくせに美弥は素知らぬふりをしている。
「どうって言われても別にどうもないけど……。何だよ急に」
「だってやっぱり高校違うと普段のこと解らないし。ちゃんと学校行ってる?」
「行ってる。何その質問」
思わず笑ってしまう。美弥がほっとした表情になる。俺はストローに口をつけた。残り少ないコーヒーが下品な音を立てて上がってくる。ふと目を落とすと美弥の皿はもう空だ。

「よかった。なんかさちょっと心配だったんだよね、映画の後吐いちゃったし、ここ入ってからもなんか元気ないし……なんか悩んでる? 相談乗るよ?」
「いやいやいや。俺に悩みあるように見える?今を楽しく今日を楽しく、楽しけりゃいいやっていうのが俺の信条なのに」
「ならいいんだけど。あ」
ふと美弥が辺りを見回した後、こっちに身を乗り出してきた。
「そう言えばさぁ……」
少しトーンを落とした声で。思わず俺も体を前に傾ける。
「ちゃんと来てるの? アレ」
美弥の言っていることが良く理解できなくて俺はますます体を乗り出した。その時、テーブルの上の美弥の携帯が震えた。映画館から出た後もマナーモードを解除するのを忘れていたらしい。細かいけど強烈な振動が伝わってきてビクッとなった。
「あっ、ゴメン! ちょっといい?」
了解する間もなく美弥が慌てて携帯を開く。メール受信だったらしく指が忙しなくキーをたたいた。メールを読んでいるらしい表情を伺うとあまりいい内容じゃないみたいだ。ものすごいスピードで親指が動き、返信を終えると美弥は溜息をつきながら携帯を閉じた。

「……ゴメン、本当悪いんだけど、帰らなきゃ」

 重い溜息と共に、言いにくそうな表情で美弥は言葉を紡いだ。カレシから? 問うと小さく頷いた。
ほんの少しの違和感。俺は美弥と男がどういう付き合いしてるかなんて知らないし、というか男女の付き合いで何が普通なのかも解らないけれど、今の美弥の表情は……うまく言えないけれど恋愛している女の子、って感じじゃなくて。カレシを優先させることで俺に気兼ねしているのかもしれないけれど。
「気にすんなよ、どうせこの後のことは決まってなかったんだし。帰ろうか」
小さな引っ掛かりを振り払うように小さく首を振って俺は笑顔で言う。美弥は申し訳なさそうに頷いた。俺は伝票を掴んで立ち上がった。レジ前で美弥がバッグから財布を取り出すのを押し止めて。
「いいよ、ここは払うから」
「でも……」
俺の言葉に美弥は少し戸惑った顔をした。ぶっきらぼうに聞こえてしまったのだろうかと少し心配になった。軽い調子で言葉を重ねる。
「次の時はお前持ちってことで、たまにはご馳走させてよ」
それでも、と金を出そうとする美弥をいなして会計を済ませ、店の外に出る。歩き出し、路地を抜け大通りに出る。その間にも美弥はその右手に携帯を握り締めたままそわそわしていた。携帯は小さな手の中で途切れ途切れに震え続け、そのたびに彼女の表情を険しくさせた。駅まではまだ大分歩かなくてはならない。
「大丈夫? 急ぐんなら車呼ぼうか」
そう言うと美弥はギョッとしたように俺を見上げた。構わず俺は自分の携帯を取り出してリダイアルを押す。
「え、いいよっ、自力で行くから、あきら」
コール音は3回ほど鳴って突然途切れた。雑踏の中のような雑音に混じって男の声が答えた。
「はい、源野です」
「あ、源野ー俺。あのさ、今車使ってる?」
「車ですか? 今は使ってませんけど……どうしたんですか?」
「あーそっかー。お前今どこに居る? 俺、城下の映画館の近くに居るんだけど」
不意に電話の向こうの雑音が大きくなって俺は顔をしかめた。美弥が俺の服を引っ張って口の形だけでもういいよ、と言ってくるのを手を振って受け流す。受話器から聞こえる源野の声に雑音が混じり、言葉が判別し難い。
「俺も今城下に居ますけど……あ、……ください。――したの……」
「え? 聞こえねぇよ」
思わず大声を出した時、いきなり後ろから肩を叩かれて俺は飛び上がるほど驚いた。振り返ると源野が電話を切っているところだった。俺も電話を切り、体ごと彼に向き直る。
「なっお前っ……びっくりさせんなよ」
真っ黒なスーツに身を包んだ長身の男はそんな事を言われるとは心外だという顔をした。
「車を使うんですか、あきら様」
俺の服を掴んだ美弥の手にぐっと力が入ったのが解って俺は姿勢を立て直す。
「あぁ、美弥がちょっと急ぐらしいから送ってもらおうかと思って」
源野はそう言われて始めて美弥の存在に気づいたようだった。無表情な視線を美弥の方に移す。美弥は俺の背後で小さく悪態をつき、服を握ったままのこぶしで背中を小突いた。俺の体は小さく揺れたが源野は何も気がつかない。
「わかりました、さっきまで俺が使ってたんで多分まだ近くに居るはずです。呼び戻しましょう」
源野はそう言い、再び携帯を取り出した。美弥が慌てて俺の前に飛び出してくる。
「あっあの、いいんです! すみません、自分で行けますから! じゃ、あきら、ごめんねまたねっ」
言うが早いか彼女は身を翻し走り去った。まさしく脱兎と言う言葉が相応しい消え去りっぷりだった。俺と源野は呆然と彼女の後姿を見送るしかなかった。

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