「一人で歩ける」
「いいから掴まってろ」
足を引きずる男の体に回された腕に力が入る。
その強さに頑固な意思を読み取った男はあきらめたように銭形に体重を預けた。
だいたい、なぜこんなことになったのか。年若い剣士はイライラしながら考えた。
いつものように、滞りなく進められた仕事。いつものように追いかけてきた刑事。いつもと違ったのは第三の勢力――盗んだ宝物の所有者――が、参戦してきたことだった。
そこそこ名のあるマフィアである所有者やその部下たちを交えて攻防戦を繰り広げているうちにルパンたちとはぐれ、ぬかったことに脚に銃弾を受けた。弾は貫通したものの、思ってもみなかった痛みに蹲っていた彼を助けたのが、常日頃自分たちを逮捕しようと執拗に追い回すこの刑事だったのだった。
静かに降りはじめた小雨のせいで、ぬかるんだ足元はおぼつかない。
時に折り重なるように、もつれるように歩いていた二人だが、男はふと自分の体の異変に気づき足を止めた。
「どうした、痛むのか」
「……いや、その」
口籠る男。その体は不自然に前傾している。男の顔を横目で見た銭形は、その赤さと所在無げに揺れる体ににやりと口角を上げた。
「何だお前、元気じゃねぇか」
「……!」
羞恥に消え入りたくなっている男を見て銭形は慰めるように肩を叩く。
「そりゃあれだ、疲れマラっつってな、極限の疲労状態になると脳が勝手に命の危険だと判断してDNAを残そうとするっつー動物の本能みたいなもんだ、気にするな」
男はその言葉に銭形を盗み見るが帽子の陰になってどんな表情をしているのかはわからなかった。
「まぁここにゃ俺しかいないし、俺じゃお前の子供を残してやることなんてできないがな」
「!!!」
銭形にとっては軽い冗談にしか過ぎないであろう言葉に男は激しく反応する。鎌首をもたげかけていた下肢の中心にぐっと血が集まるのが解って思わず男は銭形を突き放した。
「……つまらぬことをいうな」
険しい顔つきで咎める男に銭形は目を丸くするが、やがて眉を八の字にして笑うと小路の向こうにある小屋を指差した。
「少し休もう、あの小屋なら雨をしのげる」
「要らん」
「いいから。……俺も正直少し疲れてんだ」
銭形はちらりと男の腰に視線を投げて
「それもしばらくすりゃおさまるだろう」
「む…」
男は口をへの字にしたが、早足で小屋に向かう銭形に大人しくついていった。
小屋の中は薄暗かった。
奥には藁が積み上げられ、壁に鍬や鋤が立てかけられている。
「……農具置場か」
板を打ち付けただけの壁の隙間から差し込む光を頼りにあたりを透かし見ていた男は銭形の姿に目を止めてぎょっとする。
「何をしている」
「へ?」
焦ったような男の声にシャツを脱いで絞っていた銭形は間の抜けた声で振り返った。
「何って……濡れてると気持ちが悪いから」
男はごくりと喉を鳴らした。じりじりとにじり寄る男を銭形はきょとんとした顔で眺めている。
剥き出しになった肩に伸ばされた手はそこに触れる直前、ためらうように空を掻いた。
「おい……、どうした?」
訝しげな銭形の声に弾かれたように男は顔を上げる。
これは欲情ではない、まして恋慕でもない。動物の本能なのだ。
男は自分に言い聞かせると銭形の肩を掴み、力任せに押し倒した。