The world is my oyster

「本気で俺を捕まえようとしたのはとっつあんだけだったからな。だから俺も盗みまくったのさ。本気でな」



「……俺が、」
ルパンの独白を聞いた銭形の喉から零れたのは掠れた声だった。予想もしなかった反応にルパンはかすかに眉根を寄せる。
「俺が、追っかけるから、お前は盗み続けた、っていうのか?」
「もちろん、それだけが理由じゃないヨ? 俺は」
苦い表情で言葉を絞り出す銭形に苦笑して返すルパンを見ることなく銭形はその言葉を遮る。
「俺が刑事を辞めて……お前を追うのを止めたら、盗みをやめるの、か」
つっかえつっかえしながら、それでも言い切ると銭形は深い息を吐いて両手で顔を覆った。
無論、本心ではない。ルパン三世という泥棒を知り、それを追う生活を続けるうちに銭形の中でルパン逮捕は単なる仕事ではなく、使命であり、悲願であり、生きる糧となっていた。成就せず職を辞すことは、即ち彼自身の死をも意味していた。

だが、自分が追い続けることによって彼が新しく罪を重ねるのだとしたら?

逮捕することによってそれを阻止することが銭形にとっての最善だった――、だがそれが叶わないとしたら。
「俺が追っかけなければ、お前はこれ以上罪を犯さないのか」
節くれだった指の間から漏れるくぐもった声は二人の間にゆっくりと沈殿していった。
「――そうだな」
息苦しくなるような沈黙の後、ルパンは気怠そうに口を開いた。
「アンタが邪魔しない盗みなんてバターをナイフで切るより簡単で面白くもねぇだろうな。とっつあんも重々承知してるだろうけど、俺ァ面白くないシゴトなんかしたくないのよ」
ピクリと揺れる銭形の肩を視界の端に認めながら、ルパンはゆったりとした動作で煙草を取出し火をつけた。
「でも」
細く立ち昇る煙を眺め、ルパンは奇妙な笑みを浮かべる。
「そんな退屈な世界なら、心置きなく壊せるな」
一切の感情を廃した言葉に銭形は弾かれたように顔を上げルパンを見た。冴え冴えとした月明りに照らされた横顔には冷酷な支配者の風格が漂い、銭形は氷水を浴びせかけられたような錯覚に陥った。
知らなかったわけではない、この男は元々裏の世界でもトップクラスの犯罪組織のボスとして君臨してきた人間なのだ。その気になれば比喩ではなく文字通り、世界をめちゃくちゃにすることもできるだろう。

だが、銭形の凍りついた思考をよそにルパンは軽く頭を掻き困ったような笑顔を銭形に向けた。
「だからさ、そんなこと俺にさせないでよ、ね?」
「……ル」
何かを言おうとした銭形の唇の隙間にルパンは自分の咥えていた煙草を押し込んで黙らせた。


実際、彼にはこの世界はこの上なく退屈で。
指一本動かすのさえ面倒になるほどの倦怠感と、それをやり過ごした後にくる狂おしい破壊衝動にずっと苛まれていたのだった。
そんな日々を変えたのが、銭形という存在だった。
「俺を止められるの、とっつあんだけだから」
つぶやくと、銭形の円い目がさらに大きく真ん丸に見開かれた。

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