「X国の大臣と寝たんだって?」
「……知ってたのか」
珍しく真剣なまなざしでなじるように言う男から目線を逸らして相手は煙草に火をつけた。
「なんでそんなこと……っ」
「色々情報が欲しかった。……それにあの国での俺たちの行動は制限されていた。融通利かせてくれるっていうんでな。俺でもそんな使い道があるとは物好きな野郎もいるもんだ」
煙を吐き出すとこともなげに言う相手の胸ぐらを男は掴んだ。その両手首には手錠がかかっている。
「……っ。そいつのこと、好きなの?」
思い切り罵りたい気分だったが言葉は喉に引っかかって出て来ず、俯くとかすれた声で問う。
「なんでそーなるんだ」
「だって、俺のことはあんなに拒否するのに…っ」
男の沈痛な声に相手はため息をつく。
「お前何か勘違いしてないか? 俺はな、お前を逮捕するためならなんだってやるんだよ」
「だからって……今までもそんなことやってたのかよ? 情報求めてどーでもいい男に脚開いたり」
「……女ともしました」
「そーゆー問題じゃねぇっ」
襟元を締める男の手に力が入って、相手は小さく咳き込む。
男はゆっくりと相手の肩口に額を預けた。
「……で、俺を逮捕できて満足なの」
「まあな」
相手は煙草を地面に落とすと靴でぐりぐりと火を消した。
「できればお前には知られたくなかったがな」
男の肩が小さく震えたのが解って相手は宥めるように頭を軽く撫でる。
「そんなことしなくたって俺は……」
「なんだ、おとなしく逮捕されるってーのか」
「それは無理。……だけど……」
追い追われるだけの関係だったはずの男に好意を告白された時は心底驚いた。
同時にそれと類似する感情が自分の中にも芽生えていることを知ったことにも。
けれど、それを簡単に受け入れられるほど彼は若くなかった。
男の背中に触れようとした手は迷うように空をかき、やがて力なく下げられた。
「わかっただろ、俺ぁお前が思ってるような清廉潔白な警察官じゃねぇんだ」
好きだなんて思われる価値なんかねぇよ、と吐き捨てるように言って相手は男から離れ、車のドアを開けた。
「さっさと乗れ、一雨きそうだ」
その言葉に男は空を見上げる。
厚い雲に覆われた空から小さな水滴が落ちてきて男の頬にあたる。
男は力なく項垂れると相手がドアを開けたまま待つ車に向かってゆっくりと歩きだした。