君を食らわば骨まで

「ん」
男は力を失った己自身を相手の中から引きぬいた。
微かに身じろぐ相手は、枕に顔を埋めたまま荒い息をついている。

「あー、気っ持ちよかったっ! 死ぬかと思った」
「死にそうなのはこっちだバカ」
余韻もくそもない能天気な男の声に相手はわずかに頭を上げてじろりと男を睨んだ。
「俺、とっつあんになら殺されてもいいよ」
「バカ言え、俺の仕事はお前を生きたまま捕らえることだ」
男は相手の顔を覗き込む。
「俺を追っかけてるのは仕事なの」
「……? そうだろう」
怪訝に思い顔を上げると思いのほか真剣な視線にぶつかる。
「じゃぁとっつあんがサツじゃなかったら? 俺のこと追っかけてくれないの」
「……じゃぁお前がドロボーやめたら俺にちょっかい出すのやめるのか」
相手の言葉に男は窮したように黙った。


たっぷりと重い沈黙の後。
「この話、やめやめ!」
男は勢いよく立ち上がり、サイドボードに向かうと置いてあった水差しを手に取った。
「だいたいね、有り得もしない仮定をもとに話をしようってのがおかしいんだよ」
「お前が言い出したことだろうが」
呆れたように言うが男は返事もせず一人ぷりぷりしている。相手はベッドの上で体を起こした。
――どうせ朝になるころには姿を消す癖に。
二人きりの夜に男が発する熱烈な言葉は、相手にとっては嬉しくもあり悲しくもあった。
水差しからグラスに水を注ぎ、それを呷る男の上下する喉を眺める。


――赦されるのならばその喉に喰らいついて、生きていようがいまいが自分のもとから逃げられないようにしてやりたい。


自分の頑丈な歯が男の喉に食い込み皮膚を裂き、ほとばしる紅い血が口に流れ込むのを想像した彼は目を眇めた。
仄暗い欲望をもって男を見つめる相手に気付かないまま、水を飲み干した男はグラスを静かに置いた。

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