Hai bisogno di voi

重みを感じさせるマホガニーの扉の前に立っている男の表情は硬い。ノックをしようと上げた手は深みのある木目の数センチ前で迷うように揺れた。たっぷりとした沈黙の後、男は意を決したように拳を握り直すとゆっくりと扉を叩いた。
「開いてますよォ~」
中から返ってきたのは男の表情とは裏腹に能天気な声。男はますます表情を引き締めると慎重な手つきでドアノブを回した。その重みからは想像できないほどスムーズにドアは開いていき、男は室内の眩しさに目を眇める。ドアの丁度正面の壁は一面窓になっており、そこからは柔らかい日の光が燦々と降り注いでいた。その前に立つのは一組の男女。
純白のタキシードという実に浮かれた格好の男にしなだれかかるように寄り添っていた女は入ってきた男の顔を見てすっと体を起こした。
「じゃ、またあとでねルパン」
嫣然として頬笑むと険しい顔で自分を見る闖入者には目もくれず颯爽と部屋を出ていく。脂下がった顔でそれを見送ったルパンはようやく男に目を向けた。

「やあ、よく来てくれたね」
窓の棧に身を持たれかけさせたルパンは目を細めて笑った。見るものすべてを魅了するかのような笑顔にも男の表情は変わらない。それを見たルパンの笑みはますます深くなる。
「まぁ座りなよ、――銭形警部」
顎をしゃくってソファを指し示すと銭形は仏頂面のままドスンとソファに腰を下ろした。
「突然結婚式に招待なんて驚いたでしょ」
「まぁな」
晴れの日にふさわしく明るく楽しげなルパンの言葉に銭形は不機嫌な顔でぶっきらぼうに答える。そんな彼にルパンはすたすたと歩み寄り、小首をかしげると身を屈めて覗き込む。
「おめでとう、は言ってくれないのカナ?」
ぎろり、と睨め上げるもルパンはきょとんとした顔をしている。銭形はちっと舌打ちすると口を開いた。
「何を企んでる」
「企む? 心外だなァ、俺は真実の愛を見つけたのヨ」
「式直前に他の女とじゃれてるのの何が真実の愛だ」
「――愛にもね、いろんな形があるってこと。……まぁ頭のカタいアンタにゃわっかんないかな」
芝居がかった口調と仕草で言うルパンに銭形は盛大な溜め息を吐いた。
「家庭を持って真っ当な暮らしをしたいのならその前に罪を償え――と言いたいところだが」
ごそごそと内隠しから手帳を取出しページを繰る。書き留めたメモを目で辿りながら。
「相手の名はレベッカ・ロッセリーニ。サンマリノを代表する財閥の社長だってな。それだけでなく大したゴシップクイーンだそうじゃないか」
「とびっきりのイイオンナの証だよ」
くすくすと笑い交じりに言うルパンに銭形の眉間のしわは深くなる。
「ロクでもねェ女の間違いだろ。この結婚にゃ裏があるのは明白だ」
「ふぅん。んじゃおめでとう、は」
「当然言う気はない」
手帳に視線を落としたまま吐き捨てると不意に忍び笑いが近くなる。
「妬いてるの?」
「な、」
顔を上げると目と鼻の先に愉快そうなルパンの顔があってギョッとする。
「結婚することによって俺が遠くへ行ってしまうと、思った?」
は、? 思いもよらない言葉に思わず息を飲んだ。
「俺がアンタの知り得ない新しい世界を持つと思うと焦燥で震えた?」
「何を、馬鹿な」
ゆったりと仄暗い笑みを浮かべ問うルパンに対し、反駁するつもりが声が掠れる。
「俺が、アンタ以外の人間のモノになってしまうことに、嫉妬した?」
「!!」
返す言葉が継げない銭の頬に手を添えて。
「そうだったら、嬉しいのに」
唇を重ねる。目を見開き固まる銭形。
――な、なんなんだこれは……っ!? 何をしてるんだコイツは?
想定外のことに硬直する銭形をいいことに、ルパンはそのぽってりと柔らかい唇を舌先でくすぐったり甘噛みしたりとやりたい放題だ。
「ん、んぅっ」
尖らせた舌先がついに引き結んだ唇を割るに至ってやっと我に返った銭形は渾身の力を籠めて腕をつっぱった。吹き飛ばされたルパンの体がローテーブルに当たり大きな音を立てる。

廊下を歩いていた式場スタッフは新郎控室からの大きな物音に驚いてドアを叩いた。
「ルパン様、大丈夫ですか?なにかトラブルがございましたか――」
焦るスタッフの心情をよそにドアが内側から細く開かれ、新郎が隙間から顔を出す。
「大丈夫だヨ、旧友が訪ねてきたもんでちょっとはしゃいじゃっただけ」
苦笑して見せる新郎に訝しげにスタッフは部屋を覗き込む。ルパンの肩越しに背中を向けて立つコートの男を認め、ますます疑問が深まる。
「……そうですか、参列者の方はそろそろお時間ですので会場の方へどうぞ」
しかし新郎本人が友人だというのだ、余計な詮索は無用である。スタッフは胸の内のもやもやを強引に隅に追いやり、いつもと変わらぬ完璧な接客態度でそう告げた。
「だってさ」
スタッフの言葉を受けてルパンは銭形の方を振り返る。銭形は黙ってソフト帽のつばをグッと引き下げると覚束ない足取りでドアに向かった。見送るルパンは、帽子のつばと立てたコートの襟の隙間から覗く銭形の頬が朱に染まっていることを認め奇妙に口端をゆがめた。ドアにぶつかりつつ出ていく銭形を見送ったスタッフは不安そうな顔でルパンに向き直る。
「大丈夫ですかルパン様。もしあの方が招かれざる客ならば警備の者を呼びますが」
「いンや、それにゃ及ばねぇよ」
ルパンは肩をすくめた。
「彼もれっきとした招待客だからネ。大事な大事な旧友さ」
「はぁ……」
腑に落ちない様子のスタッフを手際よく追い出し室内に戻る。ふと先ほどまで銭形が座っていたソファを見ると、彼が動揺したのち落としていったらしい万年筆が転がっていた。拾い上げるとルパンは恭しくそれに口づけ、まるで宝石でもしまうかのような手つきで胸ポケットにさした。そうして顔を上げたルパンの顔にはいつもの不敵な笑みが浮かぶ。
「さぁて、面白くなりそうだ」

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