好きなんだからしょうがない

「何考えてるんだ貴様、誘拐だぞこれは」
男は助手席で怒り狂う相手を一瞥し、また前を向いた。



「何考えてるんデショーねぇ、自分でもわっかんないや」
「~~~~~っ」
のんびりいうと、言葉にならない怒りの声を漏らす相手に構わず男はアクセルを踏み込んだ。
本当に、なぜ自分がこんなことをしてしまったのかわからない。
ただ、次の仕事のことを考えていたら必ず妨害してくるであろう相手のことを思い出し、相手のことしか考えられなくなり。
いてもたってもいられず彼の部屋へ忍び込むと寝惚けているのをいいことに両手足を縛り上げ自分の車に放り込んでしまった。
助手席で自由にならない体をよじり拘束されたままの両手でもどかしげにドアをひっかく相手を見て
「やめときなよ、こんなスピードで飛び降りたらいくらとっつあんでも死んじまうぜ?」
言うと相手は歯ぎしりして虚空を睨み付けた。窓の外では恐るべき速さで街灯の明かりが尾を引きながら流れていく。


男は窓を細く開けると煙草に火をつけた。
「なんだろーね、アンタとの関係を変えたかったのかな俺は」
むっつりと押し黙る相手に構わず男は言葉を続けた。
「……どうでもいい相手なら冗談で躱して深入りしないんだけっども」
前を走る車のテールランプが近づいてきて、少々強引に車線を変更する。
「どーもアンタはそういうどうでもいい人間じゃなかったみたい」
「わけわからんこと言っとらんで家に帰してくれ」
相手はあくびをかみ殺しながらつぶやいた。
「今なら見逃してやる」
男は煙草をくわえたまま唇の端を持ち上げて笑った。


「朝が来るまで帰さないよ」
「はっ?」
眠そうに下がりかけていた瞼がパッチリと持ち上がる。男は初めて自分にまともに向けられた相手の顔を横目で見ながら。


やっぱり朝になっても帰らせたくねぇなァ、などと思うのであった。

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