君がいなけりゃ色のない世界

近づいてくるサイレンの音に、ハンドルを握る男の口角が持ち上がった。
「わぁお、厄介な御仁のお出ましだぜ」
呟くとアクセルを踏み込む。急激な加速にタイヤが悲鳴を上げた。
ガンマンはちらりとバックミラーを見やる。山のように連なって追いかけてくるパトカーの先頭車両、助手席の窓から身を乗り出すベージュの帽子。
「――邪魔なら、殺っちまってもいいんだぜ」



何やら大口を開けて怒鳴っているらしい相手をミラー越しに眺めながら咥えていた煙草を灰皿に押しつぶし、運転席の男を横目で見る。
銃の腕を買われてこの男の相棒になってから――盗みに関する腕は超一流で彼とする仕事はとても楽しかった、芸術的とすら言えるその仕事を共にすることに誇らしささえ覚えた。ただ、必ずと言っていいほどそれを妨害しようとしゃしゃり出てくるキャメルのコートの警察官は、ガンマンにとって煩わしいことこの上ない存在だった。
窓を開け、顔を出して迫りくる緊急車両を眺める。防弾ベストくらいは着けているかもしれないが、頭を狙えばそんなことは関係ない。
「ダメだよ、次元」
運転席の男の言葉にガンマンは顔をひっこめた。柔らかな物言いの中に、有無を言わせない凄味のある響き。
「サツは殺さないって決めてンだ」
言うと男は大きくハンドルを切った。片輪を浮かせた車体はガードレールを突き破り、空を飛んだ。



「まったく、無茶するよな……あ~首がイテェ」
ぼやくガンマンに男はにやりと笑みをこぼして手に持った拳大の宝石を掲げて見せた。
「まぁそういうなよ、お宝は手に入ったし銭形もまけたんだからさぁ」
「あんな奴、消しちまえばいいじゃねぇか。仕事もやりやすくなんだろ」
ガンマンが言うと男は宝石をローテーブルに投げ出し、勢いよくソファーに身を沈める。内ポケットからジタンを取り出し、火をつけると深く吸い込んだ後煙を吐き出した。
「あいつがいなけりゃ俺の仕事はカンペキなのヨ」
それならなおさら、と言いかけたガンマンは男の視線に射抜かれて口を噤んだ。男の顔に浮かんだ静かな笑みはごく薄い膜のようで、その黒い瞳の奥には絶対的な独裁者特有の冷たい炎が揺らめいている。ぞくりと寒気を感じて身を竦めたガンマンに男はさらに笑みを濃くする。
「あいつが現れるまでは、俺にとっては盗みなんて息をするのと同じようなもんだった」
どんな警備もたやすく潜り抜け、目的のものを手に入れる。
所有者も、世間も、警察さえも――盗まれてから気がつくのだ。物品が手に入ったとしても、何の手ごたえもない仕事。
ものが盗まれたことは世間を騒がせはしたものの、誰も男自身を見ることはなかった。男が、その痕跡すら残すことがなかったからだ。
「あの頃は……なんて言うかモノクロテレビの中にいるような感じだったな。どんなに美しい絵画も宝飾品も、手にした途端に色を失っちまった」
盗みも、コロシさえも、ただのルーチンワークのようで。そんな人生に飽きてさえいた。

そんな自分を初めて捕らえたあの瞳。
視線がかち合った瞬間に、男の世界は色彩を取り戻した。
大きく見開かれた眼から放たれる強く真っ直ぐな視線にぞくぞくするほどの高揚感を覚え、男は自分が求めていたものが何なのかを初めて知ることが出来た。

「何事もうまくいってばかりだとつまらないデショ?」
男は短くなった煙草を灰皿に押し付けると、宝石を再び摘み上げて口づけた。
「だから俺はサツを――、特に銭形は、殺んないって決めてンの」
言うと男は立ち上がり、ガンマンに宝石を投げてよこす。
「万が一、どうしても殺さなきゃイケナイってことがあれば……」
男は一瞬目を伏せ、真顔になるとガンマンを見た。一切の感情を押し殺したような深い闇がガンマンの体を貫く。
「お前にはさせない。他の誰にもやらせない。――あいつを殺すのは、俺だ」
「ルパ――……」
呼ぶ声は掠れていた。男はまた唇の端を上げ仮面のような笑顔を作る。
「ま、それだけあいつのこと気に入ってるってワケ。忘れないでネ、次元ちゃん」
狂気の沙汰だ、とガンマンは思ったが声にはならずただ干上がった喉が上下するだけだった。

グッジョブ送信フォーム \押してもらえると励みになります!/
最上部へ 最下部へ