Amnesia

Lt3

・起
いつも通り、のはずだった。
自分の名を叫ぶ濁声と、投げられる手錠を躱して――、からかうような言葉を投げながら闇に消える。
飽くこともなく何度も繰り返されたシーンをなぞらえる、それだけのはずだった。

何か重いものが倒れるような音を聞いて振り返った男の目に映ったのは、常ならばギラギラと殺気に満ちた目で自分を睨み付けていただろう相手が力なく倒れている姿だった。
「――、と、……?」
ほんの一瞬、しめた、と立ち去ろうとした男だったが、相手の顔の不自然なまでの白さに踵を返す。
「近づいた途端に『タイホだぁ~』なんてやろうとしてんじゃねぇだろうな?」
よぎった不安を口にしながら相手の傍らに膝をついたが、トレンチコートに包まれた体はピクリとも動かなかった。首の後ろに手を差し入れ、抱き起すと何かぬるりとした感触が掌に伝う。
「……嘘だろ」
男は声が震えるのを止められなかった。空気に混じる、鉄の匂い。掌を汚すめまいのするような赤。
「オイ、しっかりしろ! 眼ぇ覚ましてくれよ!」
男の悲痛な叫びに応えはなかった。



・承
早朝鍛錬を終え、アジトに戻ってきた侍が目にしたのはソファーに座り新聞を読む男の姿だった。リビングは何か美味しそうな匂いで満たされており、珍しいこともあるものだと思いながら男に声をかける。
「随分と早起きだな、昨夜は遅かったようだが」
その声に男は頭を突っ込むようにして見ていた新聞紙をたたみ、顔を上げた。
「あ、おはようございます」
その姿に侍は悲鳴を上げざるを得なかった――、自分のファミリーのボスだと思い込んでいたその男の顔は、常から自分たちを逮捕しようと執拗に追い掛け回す刑事のものだったのだ。
侍の悲鳴に目を覚ましたガンマンも、駆け込んだリビングに広がる光景に絶句した。思わず身構えたが、きょとんとした顔でこちらを見やる刑事に違和感を感じて立ち尽くすしかなかった。

「記憶喪失ゥ!?」
オムレツを乗せた皿を片手にいそいそとキッチンから出てきた男に詰め寄った二人は、彼の説明を受けて衝撃を受ける。思わず大声を上げたガンマンに、男は慌ててしっと人差し指を立てる。
「……すまねぇ、さすがに驚いちまったんでな」
咎めるような視線にガンマンは声を落とし、ソファーに座る刑事をちらりと見た。所在なさげにちょこんと座っている彼には幸いにも聞こえていなかったようだ。
「だからってなんで連れてくんだよ」
「だってぇ、ほっとけないデショ? 俺を追っかけてこうなっちゃったんだし」
「……しかも混乱しているのをいいことにコイビトなどと偽るとは、なんと不埒な」
「あのー……」
コソコソと話し込んでいると、話題に上がっている人物から声をかけられ三人の肩がびくっと跳ねる。恐る恐る振り返った三人が見たものは、
「お話し中すみません、でも、せっかく作っていただいた食事が冷めてしまいそうなので」
申し訳なさそうに言い、にっこりと笑う鬼警部、であるはずの人、だった。ばっと音が立ちそうな勢いで目を逸らした三人はまた頭を寄せ合い
「おい…あれ本当にとっつあんか!? よく似た別人じゃねえのか」
「――可憐だ…」
「だろ? 思わず連れてきちゃったけど、目ぇ覚ましたら可愛くって可愛くってさぁ」
ヒソヒソ話を続けたのだった。

・疑問に思いつつ「助けてくれたし恋人だったって言ってるし」とル様に逆らえない銭
・リビングでいちゃつく二人にうんざりするガンマン
・膝に乗ったりあーんしたりハグやスキンシップは拒否しないのにキスすらさせてくれない銭に焦れるル様

「とっつぁ……こーいちさんに、プレゼント」
「わあ、ありがとうございます」
嬉しそうな顔で高級な包み紙を開けた相手は中のものを見ると怪訝な表情になった。
「あの、これ、僕に……ですか?」
見るとはなしに二人のやりとりを眺めていたガンマンは箱から摘み上げられたものを見てコーヒーを吹いた。
武骨な指に挟まれた、繊細なレース。それに続く、ふわりとはためくサーモンピンクのシフォン。紛うことなきベビードールだった。
「そだよ、寝間着なかったデショ? だから買って来たの」
「でもこれ、……女性ものですよね」
「何言ってンの、メンズだよこれ!(詳しくは『メンズベビードール』で検索しろ) とっ…こーいちさんは俺と寝る時はいっつもこういうの着てたでしょーが!」
「……本当、ですか?」
――俺に聞かないでくれよ……。
困った顔を赤らめて助けを求めるように自分の方を見た刑事にガンマンは帽子の鍔を下げる。と、突然ガタンと椅子を蹴って侍が立ち上がった。何事かと見上げたその顔は真っ赤に染まっており、真一文字に結ばれた唇は怒りでわなわなと震えている。
「ルパン、銭形殿を愚弄するのもいい加減にしろ」
吐き捨てると侍はリビングを出て行った。



・転
・リビングでくつろぐ刑事・ガンマン・侍(ル様は不からの電話で席を外してる)
・刑事→新聞、ガンマン→銃の分解組立、侍→刀の手入れ

ゆらりと侍が立ち上がった様子にガンマンは顔を上げた。見ると、ソファーに座り新聞に没頭している刑事の前で刀を構えている。
「……おい、」
ガンマンが思わず声を上げたと同時に刀が振り下ろされ、刑事の目の前で新聞紙が真っ二つになり、切られた前髪が二、三本舞った。流れるような動作で剣先を上げ喉元に切っ先を突きつけるが、刑事はまっすぐに前を見据えたまま微動だにしない。
「ふん、記憶は失っても内なる鬼警部は健在というわけか」
言いながら刀を鞘に収めるとかろうじて形を保っていた新聞がばさばさと崩れた。気遣わしげに覗き込んだガンマンは呆れた声を上げた。
「違うぞ五右衛門」
「なに?」
「やっこさん気絶してる」

ガンマンにピたピたと頬を叩かれ意識を取り戻す銭。
「ぼくはあの人に嫌われているんでしょうか」
「……いや、そういうわけじゃねぇと思うぞ? どっちかっていうと、好きっつうか――尊敬、に近い気持ちをアンタに感じてるっつうか」
リビングを出て行った侍の幾分落胆したような背中を思い出してガンマンは言う。
「そう、なんですか」
安堵したような笑みをこぼす刑事を見てガンマンはふと苛立ちを感じた。ぐいと顔を近づけて
「勘違いするなよ。俺も、あいつも――。好きだったのは敏腕警部・銭形だ。今のアンタじゃねえ」
言うと立ち上がり、凍りついたように身をすくめる刑事を見下ろす。
「おまけにルパンまで腑抜けになっちまって仕事そっちのけだ。……このままじゃおまんまの食い上げだぜ」
苛立ちの矛先が『コイビト』にまで向けられたことを知って刑事は不安げな顔でガンマンを見上げた。
「あの、――仲違いなんて、しない……ですよね」
「それはあんた次第だな。さっさと記憶を取り戻せ」
乱暴に閉められたドアを銭形はじっと見つめていた。



・結
「出ていくなんて、本気じゃないよな?」
相棒から話を聞いて部屋に飛び込んだ男の目に映ったのは、ソフト帽とトレンチコートを身に着けて部屋の隅にたたずんでいる刑事の姿だった。見慣れたはずのその姿をどこか懐かしい、と感じた自分に戸惑いを覚えつつ相手に詰め寄る。
「最初、ここにはあなた一人で住んでいると思ったんです。だから僕もあなたに甘えてしまった」
目を伏せて言う相手に焦ったように男は声を荒げる。
「あいつらに言われたことなんか気にしなくていい!」
「でも、ここにいても記憶が戻りそうにないし……」
「どっか行ったら戻るって言うのかよ!」
ドン、と背にした壁を拳で叩かれて相手はおびえた目で男を見る。(いわゆる壁ドン)

・唇を奪われる銭、驚くがなんとなく(世話になったしとか今まで我慢させてたしとか)許してしまう
・調子に乗ってディープキスかますル様、あまりの気持ちよさに銭さんがくがく
・かくんと膝を折って座り込む銭に屈みこんで手をかけたル様、グイッと突き放される

「と……、こ、こーいちさん……?」
「気持ち悪い呼び方するな」
ぎっと顔を上げたその表情はかつての鬼警部そのものだった。
「てめーなにしやがった!? ここはどこだ!」
内ポケットから手錠を取り出すと素早く立ち上がり、飛びのいた男にじりじりと詰め寄る。
「――お姫様が王子様のキスで目覚めるって、おとぎ話の中だけの話じゃなかったのねッ」
「なぁにをわけわからんことを……!逮捕だァっ!!」



おしまい。

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